MaaSで変わる移動の未来|共創と地域交通のデジタル化
自動運転事業者・自治体担当者の目線で見ると、MaaSの本質は「アプリ導入」ではなく、運行・需要・データを回す仕組みの設計にある。国の定義でも、MaaSは複数モードを最適に組み合わせ、検索・予約・決済等を一括で行うサービスを基本としつつ、アプリ等を通じたデータ活用が進む、と整理されている。
MaaSプラットフォームの仕組みとデータ連携構造

2022年から2026年の日本では、①広域MaaS(KANSAI MaaSなど)でデジタルチケットとイベント輸送が一気に伸び、②観光MaaS(newcalなど)で予約・決済の共通化とKPI公表が進み、③地域交通(江差・春日井・弘前など)でオンデマンド/共同配車/サブスクの「運用KPI」が見える化された。
自動運転との連携は、制度面では改正道路交通法(特定自動運行の許可制度)が整備され、レベル4の社会実装が現実段階に入った。ただし、MaaSと自動運転を「サービス」として結ぶ鍵は、予約・決済と、運行情報(位置/遅延/到着予測等)APIの接続にある。
MaaSとは何か:複数交通手段の統合モデル
MaaSは「便利な移動アプリ」の言い換えではない。私はTuring Driveとして各地の実証を追う中で、MaaSが本当に効く局面は、検索・予約・決済のワンストップ化そのものよりも、運行・需要・行動データを継続的に回し、供給制約(運転手不足、車両不足、ピーク需要)に合わせてサービスを作り替えられるかにある、と確信している。国土交通省の定義も、複数交通の最適組合せと「検索・予約・決済等を一括」、さらに観光・医療等の目的地サービス連携まで射程に入れている。
地域MaaS基盤におけるサービス統合とデータ活用の構造

上の図で重要なのは「統合の深さ」を設計段階で言語化することだ。①経路・時刻の検索、②予約・配車、③決済・チケッティング、④運行情報(遅延/混雑/車両位置)、⑤データ連携と改善ループ——この5層のうち、どこまでを「地域の共通基盤」として整備するのかで、調達仕様もKPIも変わる。
特に2023年改訂の「MaaS関連データの連携に関するガイドラインVer.3.0」は、予約・決済といったチケット系のデータ、リアルタイムに変化する運行情報(動的データ)を含め、MaaSの高度化にはデータ連携が不可欠だと明確にした。さらに、MaaSプラットフォーム間の連携(相互接続)の考え方も章立てで整理されており、自治体が「ベンダーロックインを避ける調達」をする際の拠り所になる。
共創MaaSプロジェクトと自治体連携の実証
国の支援事業は、日本版MaaSが「実証から実装へ」移る背中を押してきた。日本版MaaS推進・支援事業は、2019年度19件、2020年度38件、2021年度12件、2022年度6件、2023年度6件、2024年度11件、2025年度29件(2次公募で追加10件)と、フェーズごとに採択規模を変えながら継続している。さらに2025年度からは地域交通DX(MaaS2.0)として、サービス/データ/マネジメント/ビジネスプロセスを一体で進める方針が打ち出された。
日本版MaaS推進・支援事業:採択件数推移

2022年–2026年主要MaaS事例一覧
| 事例 | 実施自治体/企業 | 期間 | PF/アプリ | 導入技術(要点) | 成果指標(公表値) |
| KANSAI MaaS | 関西MaaS協議会(鉄道7社で構成) | 2023/9/5提供開始、万博期に拡張 | KANSAI MaaS | マルチモーダル探索+チケットストア+在線/駅構内連携 | ユーザ数:約160万人(10月時点)、シャトルバス乗車券利用:約480万人 |
| newcal | 京浜急行電鉄株式会社、ドコモ・バイクシェア 等 | KPI公表:2024年度 | newcal | エリアマネジメント×MaaS KPI運用 | 予約・決済客数:190,858人(2024年度)、登録会員:242,337人 |
| 江差MaaS(交通×買い物) | 江差町(運行:町+ハイヤー)、サツドラホールディングス、未来シェア、駅探 | 2023/11/1〜2024/2/9 | LINE/電話予約(住民向け) | LINE予約+リアルタイム配車、地域ポイント/電子決済 | 登録221人、利用660人(566運行)、乗合率38.5% |
| 春日井 共同配車(タクシー) | 春日井市/愛知県、名古屋大学、計量計画研究所 | 2025/2/3〜3/14 | 「move!かすがい」(Web) | 当日配車(リアルタイム)+予約配車(バッチ)、窓口一本化、シミュレーション | 登録89人、リクエスト36件、成立3件/必要台数26→23の可能性(試算) |
| ひろさきMaaS(サブスク) | 弘前市、東日本電信電話、NTTカードソリューション、コンピュータービジネス | 2025/11/1–2026/2/28 | MaaSアプリ+地域通貨 | QR読み取りで乗降データ自動取得、決済導線改善 | (計画資料)R6実績81名→R7は800名などKPI設定 |
| 九州MaaS | 一般社団法人九州MaaS協議会、トヨタファイナンシャルサービス(アプリ提供) | 2024/8/1〜 | my route | 広域チケッティング+データPF(計画に明記) | 参画交通事業者数:60社局以上(2027年度末)、100社局以上(2029年度末)※評価指標 |
| 永平寺 レベル4移動サービス | 福井県(永平寺)、産業技術総合研究所、ZENコネクト、ヤマハ発動機、三菱電機、ソリトンシステムズ | 2023/5/21〜 | ― | レベル4(特定自動運行)運行開始(走行環境条件・許可取得) | 運行許可取得・サービス開始(利用者数等は未公表) |
| 羽田HIC レベル4自動運転バス | HANEDA INNOVATION CITY、NAVYA ARMA(車両) | 2024/8/1〜 | ― | 快晴時のみL4、周回0.8km、最大8km/h、予約不要 | 走行条件・運行時間を明示(利用者数等は未公表) |
| 万博 舞洲P&R レベル4 | 大阪市高速電気軌道 | 2025/4/13〜10/13 | ― | 特定自動運行許可・事業計画変更認可等、遠隔監視実証 | 試走100km以上で安全確認など(利用者数等は未公表) |
| ひたちBRT レベル4営業運行 | 日立市/茨城県、産総研 | 2025/2/3〜 | ― | 中型バスのレベル4営業運行開始 | 運行開始(利用者数等は未公表) |
共創の代表例:関西広域MaaSの「成功と痛点」
共創の代表例が関西の広域MaaSだ。関西MaaS協議会は鉄道7社を運営主体として広域型アプリを提供し、マルチモーダル経路検索、電子チケット、観光情報、駅構内図や列車走行位置情報などをワンストップで提供する。
スマートフォンアプリ「KANSAI MaaS」

※出典:「KANSAI MaaS」新たなサービスの追加について、Osaka Metro、2024年3月14日
大阪・関西万博の来場者輸送では、アプリ開始以降のユーザ数が約160万人(10月現在)、シャトルバス乗車券利用者が約480万人と政策資料で示された。実運用の中でUI改修(購入済みチケット一覧の表示改善等)を行った一方、大規模イベントでは「繋がりにくい」等の不満も一定あり、ピーク負荷に耐える運用設計が課題として明文化されている。
地域交通MaaSがもたらす利便性と効率化

※出典:江差町令和4年度実証実験運行、実施状況「江差町×サツドラ 江差マース事業への挑戦」令和5年9月14日 江差町まちづくり推進課まちづくり推進係 滝口 朝
地域交通のMaaSは「便利な入口」より、「限られた供給で成立させる運用」が主役になる。江差の事例は、電話とLINEを入口に、AIオンデマンド交通と買い物データ(地域ポイント)を掛け合わせ、登録221人・利用者660人(566運行)・乗合率38.5%までKPIを公開した。さらに未来シェアと駅探の仕組みでLINE予約とリアルタイム配車を構築し、購買データも含めて行動変容を捉えに行っている。
技術比較(地域交通DXで効く設計要素)
| 比較軸 | 広域チケッティング型(例:KANSAI) | 沿線エリアマネジメント型(例:京急) | 地域交通DRT/共同配車型(例:江差・春日井・弘前) | 自動運転接続型(例:永平寺・舞洲P&R) |
| 目的 | 周遊・誘客・広域移動 | 生活圏の回遊+滞在価値 | 交通空白・供給制約の克服 | 運転手不足・安全/受容性の突破口 |
| 主KPI | ユーザ数、チケット利用者、回遊 | 予約・決済客数、会員数 | 乗合率、成立率、待ち時間、稼働率、OD | ODD遵守率、運休率、介入・停止、事故ゼロ |
| 最小機能 | チケット販売、検索 | チケット+ラストワンマイル統合 | 予約/配車(電話含む)、運賃収受、データ取得 | 予約/決済+運行情報+払い戻し |
| 必須データ | 交通/観光コンテンツ、決済 | 乗車券・施設・マイクロモビ | OD、配車ログ、運行実績、GTFS等 | ODD状態、車両状態、運休理由 |
| 調達の注意 | ピーク負荷・決済障害 | API連携の範囲 | “失敗構造”の可視化(成立率など) | 法規・責任分界、運休時の代替フロー |
| ガイドライン適合 | 予約・決済、動的データ、PF間連携の設計が重要 | 同左 | 同左+個人情報/データ主権 | 同左+安全設計/評価 |
データ連携・API・PF間連携の設計軸はガイドラインVer.3.0の整理を参照すると要件化しやすい。
一方、春日井の共同配車は、需要側より供給側(配車オペレーション)に踏み込み、当日リアルタイム配車と事前バッチ配車の2方式で検証した。利用実績は登録89人・リクエスト36件に対し成立3件と厳しいが、タブレット稼働率(約13%)や配車失敗要因まで含めて失敗の構造を残した。シミュレーションでは必要車両数を26台→23台へ抑え得る可能性も示され、自治体が「次年度の設計変更」に繋げられる材料になっている。
専用アプリ「move!かすがいタッチ」操作イメージ図

弘前のサブスク型「ひろさきMaaS」は、2025年度実証でQRコード読み取りによる乗降データ自動取得、キャッシュレス決済、デジタル地域通貨連携まで踏み込んだ。事業資料では、MaaSアプリ(NextPass)と決済API(NTTカードソリューション)、GTFS-JP、Tableau等の構成が明示され、自治体側が仕様書に落とし込める粒度に近い。
地域交通における自動運転×MaaSの接合点(制度・運行・データ)
自動運転とMaaSの接続は、いきなり“完全統合”を目指すと失敗する。制度面では、道路交通法上の「特定自動運行」と、車両法上の自動運行装置(走行環境条件)の認可が鍵になる。
永平寺ではRoAD to the L4の枠組みの下、車両法の自動運行装置認可(2023/3/30)と特定自動運行許可(2023/5/11)を経て、2023/5/21からレベル4サービス開始が発表された。
羽田HICでは2024/8/1からレベル4運行を開始し、快晴時のみ、周回0.8km、最大8km/h、予約不要とODDを明示している。
万博の舞洲P&RではOsaka Metroが特定自動運行の許可等を取得し、将来の遠隔監視型に向けて遠隔監視センターを設置したうえで実証する方針まで公開している。
自動運転X MaaS統合運行システム設計イメージ

上図の最小接続点「予約・決済・運行情報」を先に固めると、ODD逸脱(天候、故障、工事)を前提にした代替交通への切替・払い戻し設計が可能になる(ガイドラインのAPI/データ連携整理が実務上の根拠になる)。
技術的な最小接続点は「予約・決済」と「運行情報(到着予測・遅延・運休)」だ。ODD逸脱で運休する前提を置き、MaaS側は①即時通知、②代替交通への切替予約、③返金/払い戻しを業務フローとして先に固めたい。ここを固めた自治体ほど、レベル4が“イベント実証”で終わらず、次年度の運行継続や拡張に進める。
観光MaaSによる体験型モビリティサービス
観光MaaSは「回遊設計」と「チケットの買い切り(決済)」がKPIに直結する。京急の沿線エリアマネジメント構想では、newcalを通じた予約・決済客数が2024年度実績190,858人、登録会員242,337人としてKPIが公表され、2026年度目標はそれぞれ30万人、60万人へ上方修正された。
さらに、ドコモ・バイクシェアとのAPI連携で、newcal内で予約・利用・決済まで一括化するなど、ラストワンマイルの統合を前に進めている。
観光MaaSマップ設計のイメージ

このマップ設計は、国交省のMaaS定義(目的地サービス連携まで含む)に合わせて「交通×体験」を同一画面で扱う前提を作る。
九州では、九州MaaSが2024/8/1にサービス開始し、my routeをプラットフォームとして活用することが長崎県の公式ページで明記されている。
国の資料では、九州全域で鉄道・バス・航空・フェリーを跨ぐ検索・予約・料金支払い、デジタルチケット造成、データPF構築までを構想し、参画交通事業者数60社局(2027年度末)、100社局(2029年度末)を評価指標に置いている。
広域MaaSはKPIの作り方が曖昧になりがちだが、最初から「参画数」を指標化している点は、自治体間連携の合意形成に効く。
まとめ
結論として、自治体がMaaSで失敗しないための要件は3つに絞れる。第一に、KPIを「利用者数」だけにしない(乗合率、成立率、待ち時間、稼働率、ピーク時障害など運用KPIを先に定義する)。第二に、データ主権とAPI(疎結合)を契約条項に落とす(GTFS-JP等の標準、決済/予約/運行情報の接続点、データ二次利用の範囲を明文化する)。第三に、多チャネルを前提にする(電話・窓口・QRなど、住民の現実に合わせる)。この3点を押さえると、MaaSは「補助金の実証」から「地域交通の経営ツール」へ変わり、自動運転を接続する土台にもなる。




